人生においては、たとえ困難が生じたとしても、その状況を逆手にとってやりたいことにつき進めばいい。その一方、困難に取り組むためには、深い思考力と、時に経験が求められるものでもある。カナダ在住のCharles Onu氏にとって、ナイジェリアで直面した問題は、先進技術の駆使で新生児の命を守る革新的な医療テクノロジーベンチャーUbenwaを後に生み出す原動力となった。
世界の多くの地域では、子どもが生まれた直後にAPGARスコアと呼ばれる検査を受ける。これは、出生直後の新生児の状態を評価し、治療すべき病気の有無を判断する簡便な検査方法である。しかし、この時期の新生児にとって病気のほとんどが命に関わるものであるため、早期診断が重要となる。
残念なことに、APGARスコアは遅行指標(病状がある程度進行してから診断するための指標)でしかない。そのため、出生時窒息など蘇生が必要な状態を瞬時に判断することが出来なかった。結果として、毎年何人もの新生児が命を落としている。Onu氏のいとこも、ナイジェリアで出生時窒息の状態で生まれた新生児の一人だった。幸いにも命はとりとめたものの、聴覚障害を患ってしまった。
それから数年後、Onu氏は若い学生リーダーを育成するNGO、Enactusの健康管理部門で働くことになった。そこで新生児医療の厳しさを目の当たりにし、病気の発見が遅れると新生児の命が失われるという事実を、改めて痛感したのだった。
その後カナダに渡り、ICUで新生児の専門家と密接に関わりながら7年間を過ごしたが、実はナイジェリアで直面した問題は、世界中どこでも起こりうることであることに気付いた。新生児とコミュニケーションをとることは到底無理な話なので、結果として新生児の命が危険にさらされてしまう。誰かがそれを解決するべきと思ったものの、まさかその誰かが自分になるとは、Onu氏は想像だにしなかった。
2017年に設立されたUbenwaは、サービス型ソフトウェア企業として、人工知能と機械学習アルゴリズムを用いてパターンやインサイトを推定し、新生児の泣き声を医学的に解析できるモバイルアプリとAPIを提供する。カナダのケベック州の世界的に有名なAIハブ、Milaの5年にわたるリサーチを経て、このスタートアップは分社化された。
Onu氏はTechCabalの取材に応じ、「Ubenwaの理念は、新生児の病気を早期に発見し、その命を守ることにあります。」と言い切る。
早期発見という目的に注力したいのです。早期発見さえできれば、長期にわたる病気を防ぐことができます。また、現在高い確率で発生する新生児死亡率を下げることもできるのです。
製品第一弾は、医師や新生児の親がスマートフォンやベビーモニターなどでUbenwaを利用できるアプリとAPIです。これらを介して弊社のテクノロジーにつながり、神経系に問題があるか早期スクリーニングを実施することができます。
Ubenwaの創業チームは、創業者とAIリーダーを兼任するOnu氏、臨床開発のリーダーを務めるSamantha Latremouille氏、ソフトウェアエンジニアリングのリーダーInnocent Udeogu氏で構成される。オーディオ機械学習サイエンティストとAIのスペシャリストOnu氏、実験医学の分野で受賞歴のある科学者Latremouille氏、スタートアップ企業で10年以上の経験を持つUdeogu氏の3人は、1970年代に新生児の異常な泣き声が健康上の問題を示すことが発見されて以来、この分野で研究の発展に取り組んでいる。
Ubenwaを立ち上げたとき、私たちがまず行ったことは臨床医の話を聞くことでした。今は高齢の方ですが、そのうちの1人が、データストレージシステム不足で、泣き声を保存できなかった当時のエピソードを話してくれました。音声を録音し、特徴を抽出したら、サンプルは保管されません。研究・実験というのはその反復作業ですから、そのデータを特定して新たな特徴を抽出し、分析することができないのです。
Onu氏によると、UbenwaはAI、ML、クラウドシステムなど、現代の最新テクノロジーを駆使して、過去数十年間直面して超えられなかった壁を突破することができたという。このスタートアップは、今や、臨床的な付加情報が注記された、最大かつ最も多様な新生児の泣き声のデータベースを有していることを強調する。
また、出生時窒息による神経系の損傷の検出に成功したことも、Ubenwaの成果の一つであるという。Ubenwaのソフトウェアは、APGARスコアと比較して40%の改善を示した。
現在、このテクノロジーが神経系の損傷に着目する理由について、Onu氏は次のように述べた。
臨床のさまざまな段階で注視すべき病状は山ほどありますが、現在、私たちが研究で追求しているのは神経系の損傷に関することです。というのも、低酸素状態の出生時窒息などによる神経疾患は、世界の新生児死亡率の3分の1を占めているからです。この問題を解決することが、最も大きなインパクトを与えることは明らかでした。
将来的に、新生児のための標準的な検査を実現するというUbenwaの高い志は、その道のりにおいて決して苦労が無かった訳ではない。既存のデータがないことが当初からチームの大きな課題の1つだった、とOnu氏は言う。彼らはグローバルなソリューションを構築していたので、研究を検証するために幅広く多様なデータが必要だったのだ。しかし、科学的研究のために、これまで新生児の泣き声のサンプルを記録している病院は皆無だったため、データ入手には困難を極めた。
現在、Ubenwaはカナダに本社を置き、ナイジェリアとブラジルにパートナーを置く。Ubenwaのネットワークには、カナダのMontreal Children Hospital、ナイジェリアのEnugu State University Teaching Hospital、ナイジェリアのLagos State University Teaching Hospital、ナイジェリアのRivers State Teaching Hospital、ブラジルのSanta Casa de Misericordia、ナイジェリアのLagos University Teaching Hospitalなどが連なる。
このスタートアップは、2022年7月にプレシードで250万ドルをを調達しており、Onu氏によると、この資金は、技術の臨床的検証を完了後、アプリのプライベートベータテスト実施に費やされるという。
Charles Onu氏と彼のチームは、あえて新生児のためのAIという賭けに出ることにしたのだ。それはさしずめ、「レモンからレモネードを作る」ということわざのごとく、逆境を逆手に取ってそれを最大限活用するということを彼らが自ら証明しようとしているのかもしれない。
