2022年は、Volaris GroupがソフトウェアおよびITファームのAdapt ITを1月に8800万ドルで買収したことに始まった。これに続いて、PrincipaHyperclearによる買収、inqによるSyrexの買収、GumtreeImpressa Capitalによる買収、TeracoDigital Realtyによる買収、TymeBankRetail Capitalの買収等が次々実行された。

Disrupt Africa2022 South Africa Startup Ecosystem Reportによると、同国のスタートアップエコシステムでは、イグジットとしてM&A (合併と買収) が先行している。Refinitiv Dataによると、2021年上半期に南アフリカで行われたM&Aは合計169件、520億ドル (7,608億南アフリカ・ランド(通貨)) に達し、2020年同時期に比べ958%増加した。このうちテクノロジー企業に関する取引は1億6000万ドル増えており、2020年の同時期と比べて2,000%近く増加している。

2015年以降、アフリカのテック系企業買収の1/3以上に南アフリカ企業が関わっている。

「買収を可能とするのは主に経済の形と構造です。南アフリカにはより成熟した企業があり、新興の技術分野に資金を再配分しています。資本市場と銀行システムも支援的な役割を果たしています」と、南アフリカの主要銀行の投資銀行家であるTshepo Magaganeが語った。

地元に有力で確立された企業が存在するということは、テック企業、あるいはその他の企業であれ、イグジットが新進気鋭存続能力のあるスタートアップにとって決して遠くないことを意味している。このようなスタートアップは、多くの若い卒業生にとって魅力的であり、スタートアップのパイプラインが拡大し続けるであろう。

「南アフリカでみられるのはより顕著なローカルエコシステムで、Naspers FoundryTMT(Technology, Media, and Telecom)の大企業が活動の大きな原動力となっているのです。Naspersや、MTNVodacomなどの通信大手企業の成功が、好循環を生み出しています」「ケープタウン大学、プレトリア大学、ウィッツ大学、ステレンボッシュ大学を卒業した学生は、大企業の仕事を探すのではなく、スタートアップ企業や小規模な企業に目を向けているのです」と、Tshepoは付け加えた。

南アメリカのテック企業買収の歴史

1999年12月、ケープタウンに拠点を置く設立4年の南アフリカのデジタル認証会社Thawteは、米国を拠点とするVerisignに当時5億7500万ドル (現在価値は約10億ドル) で買収された。同社は1995年にMark Shuttleworthが、まだケープタウン大学の学生だった頃、両親のガレージで創業した。買収された時点で、Thawteは100か国以上で事業を展開しており、2万から3万の顧客を抱えていた。

Thawteは、米国以外で市販されていた初の完全セキュリティで暗号化されたEコマースWebサーバであった。同社とVeriSignは、128ビットのWebサイト証明書を商用利用できる世界で唯一のデジタル証明書プロバイダーだったのだ。

VeriSignによる買収の際、Shuttleworthはこの取引がThawteの成長を加速し、市場の真の可能性を引き出すための最善の策であったと語った。「我々はさまざまな選択肢を検討したが、ナスダックに上場しているVeriSignとの合併が、我々の価値を引き出すための最も効率的な手段として浮かび上がった。」と述べた。

Shuttleworth氏は、新たに得た利益を元に、2000年9月にHere Be Dragons (HBD) Venture Capitalを設立した。これは、アフリカで初めてとなるベンチャーキャピタルで、国際的に発展する可能性のある南アフリカの地元企業に投資を行うことを目指した。

2007年から2010年までHBDでベンチャーキャピタリストとして働いていたKeet van Zylは、10年後、Andrea BohmertとEben van Heerdenと共にKnife Capitalを設立した。このベンチャー企業は2011年に1億1000万ドルでVISAに買収されたモバイル金融サービス会社Fundamoを含む、HBDポートフォリオ企業7社の経営を引き継いだ。またKnife Capital傘下の、分析ソフトウェア企業CSenseは同年、米国のテクノロジー企業General Electricに買収された。それから7年後、オンライン注文ソフトウェア会社のorderTalkUberEatsに買収された。

そして南アフリカのM&Aの物語が始まった。2003年にSoftlineがイギリスのSage Groupに6600万ポンド (現在価値で1億400万ポンド) で買収され、2013年にNimbulaがOracleに1億1000万ドルで買収され、そして2014年にTymeがオーストラリアのCommonwealth Bank of Australiaに4000万ドルで買収されたことなど、歴史的な契約を結んだ時代である。

今日の南アフリカにおけるテック企業買収

今日の南アフリカの企業買収は大きく3つに分類することができる。

•国際的な企業 (ほとんどが米国を拠点とする) による南アフリカスタートアップの国際企業間買収

•南アフリカの有力企業による同国のスタートアップ企業の国内企業間買収

•南アフリカスタートアップによる国内の南アフリカスタートアップの国内企業間買収。

国際的企業による南アフリカ国内企業買収には、Visaによる2011年のモバイル金融サービスプロバイダーFundamoの1億1000万ドルでの買収、Oracleによる2013年のクラウドコンピューティングスタートアップNimbulaの1億1000万ドルでの買収、FirstDataによる2014年のモバイルギフトカードスタートアップGyftの5400万ドルでの買収、2 Uによる1億300万ドルの買収と2017年の2000万ドルの現金によるケープタウン拠点の教育プラットフォームGetSmarterの買収がある。

有名国内企業による国内企業間買収が最も一般的な取引である。例えば、TymeBankによるRetail Capitalの買収、AltronによるLawTrustとUbushaTechnologiesの買収、PicknPayによる配送スタートアップBottles Appの買収、African Fashion InternationalによるWezartの買収、そしてThe Foschini Groupによるeコマースとラストマイル配送サービスのQuenchの買収などである。

買収の最後のカテゴリーは、上述の二つのカテゴリーほど一般的ではないが、スタートアップが他のスタートアップを買収することである。国内のスタートアップは多額の資金調達ラウンドを経て、この種の買収を行うのに十分な資本を有している場合が多い。例えば、フィンテックスタートアップのYocoは、シリーズCラウンドで8300万ドルを調達した後、Web 3ソフトウェア開発企業のNona Digitalを買収し、エドテック(*1)のスタートアップSnapplifyは、200万ドルを調達した後、デジタルパブリッシングのスタートアップOnnie Mediaを買収した。

買収の理由

M&Aは、通常、買収する側、買収される側、双方にとって価値あるイグジットである。買収された側は、創業者、従業員、投資家にとって非常に有益な報酬を得られるだけでなく、より幅広いマーケット、リソース、資本へのアクセスを得ることができる。買収する側は、製品の多様化、人材の獲得、マーケットの拡大などの恩恵をうけることができる。

企業アドバイザリー会社MokshaのマネージングパートナーであるChris Lokerによると、テックスタートアップ買収の主な動機は、国際的な成長、スケールするために必要な資本の調達、またはより広いクライアントベースへのアクセスのためのイグジットである。しかし、これらの取引は、ビジネスのコンセプトが証明された時に実現するという。

「銀行は、新しいイノベーションをテストするためにインキュベーターを設立している。それはイノベーションが企業の中で死に絶えてしまい、新製品の創出に何年もかかることをよく知っているからである。失敗を厭うか、イグジットで十分な資金を得られたために、起業家は再起業することはあまりない。後者の場合は、成功した起業家がエンジェル投資家になることに期待できる」とLokerは説明した。

大手企業にとって、そして一部のスタートアップにとっても、その主な理由は製品の多様化だ。ゼロから製品を開発するのではなく、すでに製品と牽引力を持っているスタートアップを買収する方が、ビジネスとして合理的である。

数々の企業買収を担当してきた南アフリカの投資銀行家(雇用上の理由で匿名を希望)が説明する。

COVID-19のパンデミックが起きたとき、多くの小売業者が不意を突かれた例を挙げましょう。彼らのオンラインストアの多くは、ロックダウンが起こったときに、顧客にサービスを提供するための体制は十分に確立されていませんでした。このため、多くの小売業者はオンラインメディアの迅速な開発や改善を行えるかの検討をし始めました。この窮地を脱する最も早い方法は、買収を行うことです。たとえば、MassMartOneCartを買収して、オンラインサービスの提供を支援しました。

南アフリカのハイテク企業買収の多くは、主に製品の多様化が主な理由のようである。Weaver FintechPayJustNowを買収して、buy-now-pay-later事業に手を広げた。TymeBankRetail Capitalを買収し、中小企業向けにオンラインバンキングサービスを提供する事業を拡大した。InqSyrexを買収したのは、ハイパーコンバージドクラウド技術を提供し製品を多角化するためだ。Imperial LogisticsParcelNinjaを買収してEコマースとラストマイル配送に進出、Vodacomiot.nxtを買収してIoT分野に進出した。

市場拡大と人材獲得も、南アフリカにおける買収の2つの大きな理由である。

市場拡大による買収の一例として、Africa Fashion Internationalは、オンラインアートマーケットプレイスのWezartを買収した。Wezartのプラットフォームを利用して、ビジネスをグローバルに拡大し、アーティストにとってより強力なユーザー基盤を提供することを目的としている。

また、アフリカのエコシステムが成長する中でテック系の人材獲得競争が激化しており、人材紹介ビジネスが盛況である。資本を持つスタートアップにとっては、より小さなスタートアップを買収してその才能を統合する方が、その才能を引き抜くよりも時間とお金を節約できることが多い。これはアクハイアリング(*2)として知られている。

例えば、フィンテックスタートアップのYocoは、2021年7月にCラウンドで8300万ドルを調達した後、2022年3月にWeb3ソフトウェア開発機関のNona Digitalを買収した。これにより、高度な専門性のあるフィンテック製品と技術プロフェッショナルのチームをYocoチームに迎え入れ、ロードマップを加速させた。

買収を可能にするベンチャーキャピタルの役割

ここ数年来の同国のエコシステムへのベンチャーキャピタルの流入も、多くの役割を担っている。スタートアップがより優れた製品を作ることができるようになり、潜在的な買収者達にとって魅力的になるにつれ、買収活動を推進するもう一つの要因となっているのである。

Disrupt Africaによると、2015年1月から2022年5月の間に、南アフリカのテック系スタートアップ357社が合計993,684,600米ドルを調達し、この数字は同期間でトップのナイジェリアに次ぐものであった。資金調達を実行したスタートアップ数と資金調達総額の両方において、過去3年間はほぼ前年比で増加している。2022年は、どちらの指標においても記録的な年になりそうである。

また、南アフリカのスタートアップは、2014年から2019年の間にアフリカ全てのベンチャーキャピタルからの調達資金の21%以上を集めた。アフリカ大陸において名目GDPが最大で、人口も南アフリカの3倍を超えるナイジェリア (14%) とは対照的である。

この国の強力なマクロ経済の他に、最近段階的に廃止された12 J税制優遇措置などの立法措置も、ベンチャーキャピタルの誘致に大きく貢献している。2008年に導入されたこの税制優遇措置は、南アフリカの最高限界税率45%の納税者が、長期的に成長する可能性のある中小企業に資金を提供するベンチャーキャピタル企業に投資することを奨励するためのものであった。投資された金額は、法律上必要とされる5年間保有された後、投資家の課税所得から控除することができる。

この税制優遇措置を利用するために、Knife CapitalKalon Venture PartnersE 4 EKingsonAnuva Investmentsなど、南アフリカの大手VC企業数社が、特にスタートアップを対象としたSection 12 Jファンドを創設した。

Section 12 Jファンドからの投資資金を受けた例は、デジタル教育コンテンツを専門とするエドテック企業Snapplifyが、2020年にデジタルパブリッシングのスタートアップOnnie Mediaを買収している。

Section 12 Jファンドから資金を受け、買収を行ったもう一つのスタートアップはYocoである。このフィンテックスタートアップはKalon Venture Partners専用のSection 12 Jファンドから資金を調達し、最終的にはケープタウンに拠点を置くフィンテックおよびWeb 3ソフトウェア開発エージェンシーのNona Digitalを買収した。

この税制優遇措置制度は、明らかに規定を守れなかったことを理由に2021年に打ち切られたが、テックエコシステムの主要なプレイヤーの中には、狙い通りにこの税制優遇措置が機能したと考える者もいる。Kalon Venture PartnersのCEOであるClive Butkowによれば、Section12 Jファンドは、南アフリカのテック系スタートアップへの投資をためらっていた海外の投資家に対して、そのハードルを克服するのに役立ったという。つまり、スタートアップがビジネスモデルを証明し、力強い成長を見せる前にの投資実行を可能としたのである。地域のテック系スタートアップに、事業を急速に拡大するためのシード資金と成長資金を提供することで、Section 12 Jファンドはより多くのスタートアップに買収のチャンスを与えた。

また、自由なビジネス環境、成熟した高等教育、確立された企業環境、多数の起業家などが、この国のテックエコシステムにおけるM&A活動を促進させる。

多くの成功にもかかわらず

南アフリカのテックエコシステムは、他の地域に比べてM&Aイグジットで大きな成功を収めているが、改善の余地はまだ大きいとLokerは言う。

「規制環境は良好で、多くの保護が提供されていますが、官僚的な形式主義、遵守と取り締まりの欠如という非効率な法律がある。競争当局と権限委譲の要件も間違った方向に進んでいる。」と、Lokerは述べている。

南アフリカは今年の世界競争力年鑑 (WCY) で順位を2つ上げたが、廃止された世界銀行の 「ビジネスのしやすさ」 ランキングでは順位を2つ下げた。

南アフリカのエコシステムにおけるこれらのへこみは、同国がアフリカ大陸におけるM&Aによるイグジットのロールモデルであるにもかかわらず、他のアフリカのエコシステムがそのモデルを模倣しようとする際には、その欠点に注意しなければならないという事実を示している。

(*1)エドテック

EdTechとは、テクノロジーの力で教育にイノベーションを起こす取り組みのこと。2000年代中頃、Education(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせてアメリカで作られた造語。
ITを活用した教育のサービスや技術の総称として広く使用されている。(*2)アクハイアリング (Acqui-hiring)とは、買収(acquisition)と雇用(hiring)を組み合わせてつくられた造語で、人材獲得を主な目的として行う企業買収をいう。アクハイア(acqhire, acq-hire)と呼ぶこともある。