今年3月、14億円規模のベンチャーキャピタル(VC)ファンドNaspersは、アクセラレーター部門Naspers Foundryを閉鎖した。この予期せぬ運営停止の理由を同社の広報担当者はこう明かす。
グローバルな投資環境だけでなく、現地SAの変化もあった。それに応じて、当社のビジネスを適応させる必要があるのか見極めた結果です。
その数カ月前には、Rand Merchant Investment Holdings(RMI)が、南アフリカで最も知られたアクセラレーター(インキュベーター)の一つ、AlphaCodeを閉鎖している。
南アフリカ技術系スタートアップのエコシステムが、こうした組織を必要とするこのタイミングでの閉鎖は残念としか言いようがない。ここ数年、南アフリカは、ナイジェリア、エジプト、ケニアのような国々に押され気味で、大陸で最も魅力的なベンチャーキャピタル候補地としての地位を揺るがされている。
「さまざまなリソースが乏しいスタートアップあってこその、インキュベーターやアクセラレーターなのです。起業家はそれらのプログラムに参加することで、ビジネスを少しでも前進させるためのツールや指導、サポートを受けることが出来ます。だからこそ、実質的な成長支援を必要とする中小企業やスタートアップには不可欠な存在となってくるのです。」と語るのは、起業家育成コンサルティング会社Colab4Growthの創業者兼マネージングディレクターであるXoliswa Moraka氏。
ケープタウンを拠点に124社以上のスタートアップ企業を支援してきたアクセラレーター、Grindstoneのプログラムディレクター、Will Green氏は、アクセラレーターがスタートアップ企業のライフサイクルに果たす重要な役割について言葉を継ぐ。共同出資型ベンチャーの持ち株会社であるCo.labのCEOも兼任するGreen氏は、こう訴える。
アクセラレーターは、スタートアップ企業に知識、市場アクセス、ネットワーク、資金を提供し、起業家のアイデアをスタートアップからスケールアップさせるためには欠かせない存在なのです。
なぜ、南アフリカではアクセラレーターが機能しないのか?
ケープタウンを拠点に、女性起業家のためのインキュベーションやアクセラレーションプログラムを運営するイノベーション・コワーキングスペースWomHub。その共同設立者であるNaadeya Moosaje氏によると、アクセラレーションを受けたスタートアップ企業の持続性の低さが、こうした取り組みの成功を阻む大きな要因になっているという。
問題は、アクセラレーターの多くが、起業家ファーストではなく、黒人経済力強化政策のスコア稼ぎを動機にしてしまっていることにあります。つまり、その事業の持続可能性を問わず、起業家をプログラムに参加させることが、アクセラレーターのビジネスモデルの一部と化しているのです。彼らは創出されるものの成果がどうであるかは、あまり気に留めていません。単に、起業家育成プログラムがあるだけで満足しているのです。
一方、Moraka氏は、世界のアクセラレーターのモデルを模倣するだけで、それを南アフリカの事情にうまく適応させない傾向が、国内アクセラレーターの失敗の一因となっていると捉えている。
取引対象となる相手をよく理解するべきでしょう。アクセラレーターモデルを作るなら、どの国・地域から来た誰のビジネスをサポートするのか、どのような環境と条件下のビジネスなのかわかっていなければなりません。単に海外で成功したから同じようにうまくいく、という紋切型のモデルでは通用しないのです。
また、南アフリカでアクセラレーターの成功率が低い要因として指摘されているのが、スタートアップ企業が成功するために必須となる要素がアクセラレーターを支援する事業会社のそれと一致しないという点である。
アクセラレータープログラムにおいて支援する事業会社は、事業から撤退する等、どんな形でもいいから利益を追求することに終始してしまいます。しかし、問題は、技術系スタートアップ企業の成功は、長い時間を要する賭けであり、リスクが高いことなのです。そうなると、企業が投資に対するリターンを求めるタイミングと、スタートアップ企業の動きにズレが生じてしまいます。
数々のアクセラレータープログラムを経験したスタートアップ企業のメンター、ベンチャービルダー、そしてファウンダーでもあるPhiwa Nkambule氏は、スタートアップ企業の成功達成に必要となる要素と定義に対して事業会社側の理解不足が、うまくいかない一因であると認める。
国内のアクセラレーターの中には、トレーニングの提供は得意でも、リソースとなると話にならないというところもあります。トレーニングやネットワークへのアクセスを提供する国内屈指の企業支援型アクセラレーターでも、その一方で、出資を受けるチャンスとなるとピッチコンペで優勝した数社のスタートアップに限定しているのです。これでは、このプログラムから生まれたスタートアップは成長することができません。そうなれば事業会社は撤退してしまいリターンを得ることもできず、プログラムを継続するための再投資につなげることもできずに終わってしまいます。
他分野のエコシステムプレーヤーは、過去のアクセラレータープログラムの失敗から学べないことが、成功率を年々低下させている原因だと見ている。
「数々の失敗が繰り返されていますが、そこから学ぶための報告機会や説明責任を果たすという仕組みがないのです。アクセラレーターからサクセスストーリーを生み出すために何が必要なのかよく理解している、経験豊富なプログラム運営者もいません。そんなプログラムで精魂尽き果てた起業家たちは、静かに消えていくだけで、二度と口を開くことはありません。そのため、失敗から学べた筈の教訓は何も伝わることなく、改善されないまま新たなプログラムに次々と適用されるだけに終わるのです。」と、イノベーション・コンサルタント会社HYBR groupのパートナー、Vuyisa Qabaka氏は解き明かす。
システムの修正
南アフリカのアクセラレーターモデルを改善するためには、事業会社がアクセラレータープログラムを自社で運営しようとするのではなく、スタートアップ企業の開発専門家と協働するのがベストだとMoosaje氏は考えている。
破綻したインキュベーターやアクセラレーターを見ると、ほとんどが企業の支援を受けています。そのような企業なら、成果をもたらすことのできる経験豊富な人材がいる自社の既存の組織に資金を投じるのがベストではないでしょうか?私見ですが、このようなプログラムの導入を検討する企業にとって、この方法は長期的に見れば安上がりだと思われます。
こうしたモデルを採用することで、インキュベーターやアクセラレーターが、起業家ファーストに偏る傾向を防ぎ、人種、性別といった多様性や包括性の重視へとつなげることができるとMooseja氏は見込んでいる。
インキュベーターやアクセラレーターが、女性や黒人の起業家をサポートするという建前でプログラムを運営し、ESD(企業・サプライヤー開発)資金を獲得しているケースを見かけます。しかし実際には、こうした起業家グループをあまり支援しないまま、ESDイニシアチブの目的が総じて達成されないという問題が生じているのです。
起業家中心のアクセラレーターやインキュベーターの必要性について、汎アフリカのVCであるMicrotractionのベンチャーキャピタリスト、Octavius Phukubye氏は繰り返し述べている。
「創業者やベンチャーを中心とした、インキュベーターとアクセラレーターには、大きなニーズとギャップがあるのです。VCやスタートアップのピッチ審査で、既存の会社から生まれたファウンダーを見かけるたびに、ベンチャーとファウンダー双方のレベルにおいて発展という意味で大きな溝があるのを感じます。」とLinkedInでコメントを残している。
Moraka氏としては、南アフリカでインキュベーターやアクセラレータープログラムが成功するかどうかは、現在のモデルをいかに見直すかにかかっているとの見方をしている。実際に目に見える成果を生み出せる体制を構築するためには、初心に戻ることが重要だという。
このプロセスでは、インパクトある高成長のスタートアップ創出を促進する包括的な事業開発投資戦略を優先する必要があると、彼女は言う。
エコシステムのプレーヤーすべてが、南アフリカのアクセラレーターモデルがどうあるべきかを考え直そう、と声をあげ、一丸となって取り組むべきであると思います。多くのアクセラレーターは、スタートアップのために市場を開くという約束を果たせずじまいでした。イノベーターたちが座ったままネットで簡単に検索できるような内容を聞くための、体裁だけ整った講座と化してしまっているからです。これでは、起業家にもエコシステム全体にも利益をもたらしません。
南アフリカのアクセラレーターモデルを改善する唯一の方法は、効果的かつ効率的な報告・説明責任のメカニズムを導入するしかない、とQabaka氏は見ている。それにより、本来の目的に沿う体制を構築し、失敗に終わったプログラムがある場合にはそれを記録するようになれば、今後同じ間違いが繰り返されることはなくなるだろう。
プログラムの中には、不利な立場にある起業を支援するという名目で黒人経済力強化政策のスコアコードを利用したものもありますが、具体的な成果に結びつく支援ではありません。雇用創出に大きく貢献するスタートアップを生み出すよう、そうしたプログラムの報告や説明責任を果たす仕組みが必要なのです。強制力のあるKPIがなければ、エコシステムにおいてインパクト不足な南アフリカのアクセラレーターは、同じことを繰り返し続けることになるだけです。
創業者としての起業家側と、メンターやベンチャー・ビルダーとしてのアクセラレーター側の両方を経験してきたNkambule氏は、南アフリカのアクセラレーターモデルを修正するには、アクセラレーターがどのように機能するかを正確に理解することが必要だと考えている。
「アクセラレーターのあるべき姿とその実態が、エコシステムの中で一致していないように思います。アクセラレーターとして売り込んでいながら、その実、運営を見ると、インキュベーターに近かったりすることもあるのです。」とNkabule氏は指摘する。
アクセラレーターが南アフリカのエコシステムにもたらす価値は、どんなに明らかな問題を抱えていようとも計り知れないものがある。国内のエコシステムで最も高く評価されたアクセラレーターの1つであったAlphaCodeは、撤退以前に暗号取引所のLunoや農業技術のスタートアップ企業Livestock Wealthなど、確かな成果を生み出した。Naspers Foundryも、Floatpays、Naked Insurance、Planet42など、成功事例を多く輩出している。
今から将来に向けてアクセラレーターがFoundryやAlphaCodeと同じ轍を踏まないようにするには、ここで語られた問題が解決されなければならない。事業会社が支援するアクセラレーターとその受益者となるスタートアップ間の目的のズレ、アクセラレータープログラムに適したスタートアップの参加に伴う多くの障壁、失敗例から学んだ教訓とその報告および説明責任の欠如など、今一度改善点を見直すことが求められる。
アフリカで最も先進的な工業国として、高度な第三次教育セクター、銀行システム、起業のエコシステム、そして北米、ヨーロッパ、アジアと直接つながりを持つ南アフリカは、ここ数年、ベンチャーキャピタル業界が低迷しているとはいえ、常にその状況を好転させる立場にあると言えるだろう。アクセラレーターモデルを修正し、革新的な企業の繁栄を可能にする環境を作ることは、この国の再生のためには避けては通れない道となるだろう。
