2027年までに7.02%を超える年平均成長率(CAGR)で8,333億4000万ドルの経済価値が推定される世界のバイオテクノロジー産業。今のところ、この産業へのナイジェリアの貢献度は大きくはないが、これが変化の兆しを見せている。

ナイジェリアのバイオテクノロジー成長は急速に発展しつつある。その要因はCOVID-19パンデミックにあり、それに後押しされているというのが実情だ。この注目の高まりの中、話題をさらっているのがナイジェリアのバイオテクノロジースタートアップ、54geneである。未踏のアフリカゲノム産業に大きな賭けにでているシリコンバレーのベンチャーキャピタリストから、このほど2,000万ドルの資金を集めたばかりだ。

54geneの台頭は、COVID-19パンデミックと符合し、更に多くのバイオテクノロジースタートアップ発足とベンチャーキャピタル出現の可能性を高めている。他のVCのように裏打ちされた業種とは異なり、バイオテクノロジーは、緻密なトレーニング、資格、専門知識が求められる高度に専門化された分野である。ここでの成功は、ラボでの研究成果を開発、商業化するという難しい手腕に基づくことで達せられる。

ラボと政府の役割

2001年、ナイジェリアは国家バイオテクノロジー政策を承認することで、科学技術連邦省の支援下、国家バイオテクノロジー開発庁(NABDA)を設立するに至った。同機関の目的は、ナイジェリアのバイオテクノロジーにおける研究開発の優先事項を促進、コーディネート、設定することである。

その使命をさらに推し進めるために、NABDAはナイジェリアの遠隔地に25の生物資源センターを設立し、バイオテクノロジー研究開発のため、未開拓資源を発掘する予定である。しかしながら、親機関とこうしたセンターの間に、明らかな研究成果はあまり窺えない。機関のウェブサイトには「国家のソシオエコノミーウェルビーイングの最先端」であることをそれとなく示しているが、サイトにまだ残っているダミーテキストには、その使命へのコミットメントに疑問符がつけられたままだ。この機関はまた、慢性的な資金不足と汚職から、リーダーシップの支援を受けられていない状況だ。2021年度予算はわずか800万ドルに過ぎず、その上、事務局長代理が2020年に約100万ドルを流用したとして逮捕され、それが機関運営の見通しに更に影を落とした。

一方で、ラゴスのヤバにあるナイジェリア医学研究所(NIMR) は、意義深い研究成果を上げている政府機関である。1977年に設立されたこの研究所は、ナイジェリアの健康研究において積極的な役割を果たしてきた。研究とコラボレーションの実績を重ね、COVID-19パンデミック以前に、CCHUB(Co-Creation Hub)と協力して結核治療薬のアドヒアランス(服薬遵守)をサポートするデジタルツールを開発している。2019年、Pasteur Senegal研究所と共同で、血清学的分析を用いたウイルス検出のスキル向上も果たした。2020年にナイジェリアがCOVID-19パンデミックに襲われた際には、それに対処する準備態勢は既に整っていたということだ。

NIMRは、COVID-19パンデミックの間、ドライブイン検査センター設置のために、ヘルスケアロジスティクスのスタートアップであるLifeBankと提携した。さらに、COVID-19検査をサポートするローカルRNAキットを開発し、ローカルのワクチン開発に取り組んでいる。NIMRの2021年度予算は、NABDAの1,100万ドルよりはわずかに多いものの、一流の研究センターとしては著しく少ない額である。米国政府が国立衛生研究所(NIH)を通じて、2019年にバイオテクノロジー研究だけで70億ドルを費やしたことを思えば、その不十分さがどれ程のものかは押して知るべしだろう。

非政府研究資金

主力バイオテクノロジー研究機関への政府の慢性的な資金不足は、大きな溝を生んだ。その溝を埋めるため、何度か国際的な機関からの資金調達が試みられている。中でも注目すべき1つは、Human Hereditary and Health in Africa (H3Africa)である。2010年に設立されたこのイニシアチブは、この分野に関心を持つアフリカの科学者へ向けてアフリカのゲノム研究のイデオロギーから実施まで支援する、さまざまな資金調達機会を提供している。このイニシアチブは、米国国立衛生研究所(NIH)、African Academy of ScienceWellcome Trust とAlliance for Accelerating Science in Africaから資金提供され、それぞれのゲノムプロジェクトでアフリカの研究者が協力し合い、また、その研究資金へアクセス可能である。これまで、ゲノミクス研究に1億7,600万ドルを投資し、アフリカ全土で51件のプロジェクトが記録され、そのうち数件はナイジェリアのプロジェクトである。

H3Africaから資金提供を受けたプロジェクトの1つに、ナイジェリアのInstitute of Human Virologyが主催するThe African Collaborative Center for Microbiome and Genomics Researchがある。同センターの目的は、「がんバイオマーカーの発見の高インパクト統合研究の協力と実施」である。

H3Africaの恩恵を受けたもうひとつの機関として、African Center of Excellence for Genomics of Infectious Diseases(ACEGID)が挙げられる。The World Bankからも900万ドル以上の資金提供を受けている同センターは、民間機関であるRedeemer’s Universityの主催による。COVID-19ウイルスがナイジェリアにまで拡大した直後、他のパートナーと共に、ウイルスの配列を解析したことで、国内および世界的にも注目を集め、アフリカで功績を挙げた最初のセンターとなり、世界のウイルス解析にも貢献している。非営利団体の組織でありながら、100万ドル以上もするNovaSeq 6000シーケンシングシステムなどのハイエンドゲノミクス装置を購入できる程の大きな支援を得ることに成功している。アフリカで唯一この装置を有している民間組織が54geneである。この特殊装置のコストだけでも、バイオテクノロジーの研究にはいかに膨大な資金を要するかを如実に表している。こうした資金調達メカニズムの選択の可能性には驚嘆するばかりであるが、ローカルの公的資金不足はバイオテクノロジー市場に大きな障壁をもたらし、民間資本の参入を踏みとどまらせる原因となっている。OECDの報告書には、公的資金が研究の不確実な側面のリスク低減を図ることで、民間セクターにより多くのリソースを育ててもらえる土壌を提供でき、触媒的な作用をもたらすと述べられている。公的資金は通常、収益への明確な道筋を持たず、あまり魅力的ではない基礎科学研究に向けられる。しかし、この基礎科学は、人に利用される医薬品やデバイスに変換する研究をさらに応用するためには欠かせない分野である。米国の場合、6年間で承認された210の新薬のうち90%は、政府からの資金1,000億ドル以上に上る公的資金を費やした基礎科学研究に基づいている。政府が基礎研究に資金を提供し、民間セクターが商業化への道筋を見つけ出すという暗黙の了解に成り立っている。

ラボから病院へ:研究の商業化

ヒューマンバイオテクノロジー研究は、発見成果を人間の健康促進を目的としたデバイスや治療法に変換したいという願いを軸にしている。しかし、研究から商業利用まで、新製品やデバイスはテスト検証を行う必要がある。これには、膨大なコストを要する臨床試験という障壁が立ちはだかる。政府関連機関のバイオテクノロジーへの慢性的な資金不足は、その臨床試験をベースとした研究を十分に行うことができないことを意味する。NABDAの仕事の多くは、研究から製品化して市場に持ち込むための諸条件が少ない農業に大きく偏っているのが実情である。このことは、ナイジェリアのバイオテクノロジー論文や出版物がほぼ農業に関連した内容である理由を物語ってもいる。年2回のみ刊行のバイオテクノロジー専門誌The Nigerian Journalは、その90%が農業関連の論文特集で占められている。これと似た例が、バイオテクノロジー業界の規制を担う機関、National Biosafety Management Agencyであり、かなり農業に偏向した姿勢を見せている。NABDAと同じく、資金不足の状況に陥っており、農業ほどにはヒューマンバイオテクノロジーに関した活動を行っていないようである。しかし、2020年に、遺伝子編集に関するガイドラインをリリースしたことは、その名誉のためにここで付け加えておく。

大学の非営利団体, ACEGIDは、研究の商業化プロセスにおける資金不足の限界をつぶさに目にしてきた。彼らはCOVID-19ワクチンの前臨床試験を無事終えたが、資金不足のためにヒト臨床試験を行う機会を得ることができなかった。ナイジェリアは、中央銀行を通じて、パンデミック禍早期に製薬研究開発介入基金として130万ドルを計上した。政府はまた、地元のワクチン生産を支援するためにさらに2,600万ドルを確保した。しかし、医薬品の商業化やワクチンの開発に必要な予算と比較すると、大海の一滴に過ぎない。ワクチン開発にいたっては、前臨床段階から承認までに少なくとも約3億ドルの費用がかかるのだから。

研究室から人に有効な製品開発に膨大な費用がかかることは、世界的にも問題である。これを克服するために、多くの大学や研究機関は、技術移転の実践を行っている。このことは、大学や研究所、そこで働く研究者が彼らの研究内容を商業化するための手段を用いる立場にないことを示唆している。大学や研究機関は、知的財産の形で知識、知見、スキルを他の組織に委譲し、市場性のある製品へと開発してもらう。委譲を受けた企業側は、その後、見返りに大学へロイヤリティを支払う。大学が新たにスピンアウトした会社の株式を保有しているうちに、その研究が独自の企業/スタートアップにスピンアウトするというケースも見られる。多くの大学は、スピンアウト企業が成功すると思わぬ収穫を集めることができる。このような成功事例の1つは、製薬大手Rocheによるバイオテクノロジー企業Inflazomeの買収である。Inflazomeの研究をシードしたヨーロッパの大学は、大きな報酬を受け取ることで、研究と教育に再投資することができる。

The Nigeria National Office for Technology Acquisition and Promotion (NOTAP) は、技術取得と促進のためのナイジェリアの技術移転に関して責任ある機関である。しかし、NOTAP独自の数字によると、1999年から2009年までの10年間に、ナイジェリアでは1,237件の技術移転契約があったとされている。それらのうちのいずれもバイオテクノロジーの分野ではなかったことは象徴的である。米国の技術移転を引き合いにすると、総工業生産に1.3兆ドル以上も貢献しているのだ。

米国における技術移転の影響 – AUTM

米国の特殊技術移転の成功事例の1つは、ノースウェスタン大学が681,000ドルのNIH研究助成金の舞台裏で発見した薬物、プレガバリンである。そのおかげで、大学は14億ドル以上のロイヤリティを獲得している。

バイオテクノロジーのスタートアップである54geneは、これを大きなチャンスと捉えてこの分野に参戦する。営利目的という武装をした54geneは、バイオテクノロジーから大きな商業的利益を得る試みに取り組む。製薬会社と提携して、医薬品や病気の治療法を開発するためにアフリカ人の遺伝物質を収集するために、地元の研究者と協力し、遺伝情報を保存するためのバイオバンクも開設した。また、非営利団体のイニシアチブにより、54geneがスポンサーとなりThe African Center for Translational Genomics(ACTG)を創設した。ACTGの存在意義は、精密医療とトランスレーショナル医学促進のため、アフリカの科学者に力添えすることにある。

また、54geneの新たな構想として、NIMRNABDAの官民パートナーシップからなるイニシアチブNCD-GHS (Non-Communicable Diseases – Genetic Heritage Study) Consortium がある。この3機関で、10万人の協力者を募り、そこからのデータ収集に狙いを定めた2つの研究を先導している。精密医療やトランスレーショナルリサーチに有益な洞察を生み出す計画である。NCD-GHS Consortiumの肝いりで行われている研究は、54geneがサポートするACTGによって資金提供されている。54geneをロールモデルとしたアメリカのスタートアップ23andMeは、その点で一歩進んでいる。彼らは、医薬品開発のために遺伝データを活用することを可能にした世界的な製薬リーダーであるGSKから3億ドルの投資を受けた。ここまでで、臨床試験の危機に直面している1つの抗癌薬に対し6候補薬を開発した。また、23andMeは、炎症性皮膚疾患の医薬品候補で他の製薬会社からライセンスを受けることにも成功している。

チャレンジ、機会、介入

ナイジェリアのバイオテクノロジー分野は、未開発のエコシステム、研究とその商業化に対する限られた資金源とサポートのため未開拓のままにされ、そこには信じられないほどのチャンスが横たわっている。事実、大流行している鎌状赤血球病などの疾患を費用対効果の高い方法で撲滅するという誓いの下に、革新的な遺伝子編集技術CRISPRのような新発見と方法が現在存在する。この開発は、従来必要とされていたよりも低資金で、ナイジェリアがバイオテクノロジー分野で世界に打って出ることができるという明るい見通しをもたらしてくれる。

しかし、科学技術に割り当てられた予算はナイジェリアのGDPのわずか1%に過ぎず、不正流用の慣習と相まり、その進歩には依然として大きな壁が立ちはだかる。民間資本とスタートアップは大きな変化を生み出すことができるが、政府の支援を受ければ更にそれが促進されるだろう。政府が資金を増やし、バイオテクノロジーイノベーション刺激策を改善すれば、人材の膨大な流入とさらなる民間資金が生じる。実際、中国は、政府主導の改革でバイオテクノロジー部門の世界的な競争力を米国に次ぐ位置にまで高めたという変革を成し遂げた。

バイオテクノロジー技術移転の可能性を広げるためには、政府による研究センターや大学への多額の投資は、必須介入と言えるほど重要である。業界と大学のコラボレーションは、それが実現すれば必然的に発生することになる。彼らは、現在大学で流行している「論文を書かないなら、研究者をやめてしまえ」という格言を唱えることよりも「商業化しないなら、無駄に終わる」というマインドへ変化しつつある。教授が研究で財政的にも潤い、バイオテクノロジー研究の魅力をさらに高めれば、その分野への有能な人材の流入を増やすことにつながるだろう。

政府が目を覚まして、この巨大なバイオテクノロジーのチャンスに気付くかどうかはまだ分からないが、54gene創業者のように信頼に値する起業家は、政府の無気力いかんにかかわらず、成功への道を歩み続ける。投資家や支援者は、政府に対して業界へ働きかけするよう呼びかけながら、事の成り行きを辛抱強く見守ることである。