Vietnam Investment Review

ベトナムの医療・製薬業界に参入する外国人投資家にとって、工場や安価な労働力といったリソースを活用できるM&Aは効率性の高い戦略の1つと言える。LNT & PartnersのNgo Thanh Hai氏、Nguyen Dieu Quynh氏、Le Anh Thu氏の3名に医療・製薬業界におけるディールメイキングの要因やそれに伴う障壁について解説してもらった。

近年、ベトナムでは外資系企業による医薬品が市場需要の半分を占める一方、国内ブランドの年間成長率は低下している。それに伴い、国内の製薬企業にとって外国企業とのM&A(合併・買収)は規模や競争力を拡大する好機となる。実際、日本のVOFファンドやSKグループ、アスカなどの海外投資家が病院や製薬会社の株式を購入しているほか、フランスのサノフィも製薬・医療関連工場の建設に多額の投資を行っている。

市場調査企業のIBMによると、ベトナムの医薬品市場は2015年に約50億ドル、2020年には100億ドルにのぼり、2026年は161億ドルに達すると予測されている。外資系製薬会社はコスト削減や市場参入の迅速化を図るため、そして利用可能なリソースを活用する目的でM&Aを実施するケースが多い。特に「Law on Pharmacy(薬事法)2016」の施行以降、主要なM&Aが数多く実施されている。

エコソーシャルと法的要因

この分野におけるM&Aの近況は、エコソーシャル(経済社会)かつ法的要因によるところが大きいと言える。エコソーシャルの側面でいえば、2000年時点でのベトナムはまだ世界の後発発展途上国の1つされていたが、2020年には中所得国に分類されている。

その結果、ベトナム国民が医療にかける費用は増加し、全人口のうち最大3,000万人が高額な医薬品や医療サービスを受けられるようになった。医療費の増加は、外国人投資家にとって国内市場に参入する新たな機会が創出されることになる。

国内企業の多くは医薬品・ヘルスケア業界のM&Aになじみがない。現地企業はそのプロセスに不慣れで、現在ベトナムの製薬企業のうち国際基準を満たすのはほんの一握りに過ぎない。GMP準拠の施設を持ち、国際基準を満たす現地企業はほとんどないと言える。そのため、海外の金融機関の視線はおのずと大企業に向けられることになる。

ベトナムにおける医薬品原料の需要は、主に中国とインドからの輸入に依存している。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、中国では有効成分の生産工場が相次いで操業停止、あるいはベトナムへの輸出を中止した。その結果、パンデミック期間中に現地生産される医薬品の価格は上昇、品薄状態が続き、コロナ禍の投資家にとっては不利な条件が相次いだ。さらに、こうした危機が販売許可延長申請の大幅な滞りを招くことも問題である。実際、申請書審査の現場では深刻な人手不足が生じていることもあり、少なくとも今後2年間は深刻な医薬品不足のリスクは避けられない見通しだ。

法的な要因としては、最低資本金という課題がある。ベトナムで医療サービスを展開する企業の最低資本は、病院が2,000万ドル、総合診療室が200万ドル、専科治療所で20万ドル以上と世界貿易機関(WTO)コミットメントで定められている。ただしASEAN枠組み協定およびEUベトナム自由貿易協定の加盟国については、市場アクセスに制限はなく、最低資本金も求められない。

現行法では、MAの延長申請が義務付けられているが、現在のベトナムはその申請手続きの遅延による医薬品不足のリスクに直面している。一方で登録対象の医薬品はベトナム国内外で流通されているので、この申請いかんで品質や安全性、有効性になんらかの影響を与えることはない。しかしそれが義務付けられている以上、外国人投資家から見て不利な仕組みとなるのだ。

外国人投資家には、2017年の政令54に規定される医薬品の流通や小売に参入および投資する権利は与えられていない。そのため、安価な生産コストや現地パートナーからの流通システムを活用することになり、国内メーカーの買収を選択する傾向にある。

現行の規定では、外国人や海外在住のベトナム人が直接ベトナム国民に診察・治療を行う場合、ベトナム語に堪能でなければならず、それが高い技能を持つ外国人医師による現地勤務や診療の妨げとなっている。外国人投資家がヘルスケア分野のM&Aに参加する際、こうした制限に懸念を示すことになるだろう。

公衆衛生に供給される医薬品や医療機器の入札価格に関する規制は、逆説的であるともいえる。特に、業者選定計画を策定する際、企業は保健省(MoH)が発表した過去12カ月間の落札医薬品医療機器を超える価格設定をしてはならないと法律で定められている。

これは、急激なインフレや大幅な為替差、緊急事態(パンデミックなど)といった要因を視野にいれておらず、市場の変動とは矛盾している。そのため、病院側は入札の際にジレンマに陥り、医薬品や医療機器の不足が将来にわたって続くことになる。

遠隔医療の仕組みが整備されていない点も、法的な障壁となる要因の1つだ。ベトナム保健省は遠隔医療に関する省令49を発行しており、同国のデジタルヘルス市場が大きく成長すると予想されている。特にこの件に関する規定は、最新の“Law on Medical Examination and Treatment(診察および治療に関する法律)”に盛り込まれる予定だ。

2020年、保健省は2020-2025年の遠隔医療開発スキームを承認。同年9月には、医療施設1,000か所に遠隔医療センターが設置されたことが発表され、この分野はデジタル変革という点で大きな一歩を踏み出したことになる。

しかし、現在のベトナムで遠隔医療活動に対する規定は前述の省令49のみである。そのため、遠隔医療を実際に適用するにはまだ規制上の障壁が少なくはない。包括的な遠隔医療規制を法制度に統合し発展させるには、まだ相当な時間がかかるものと予測される。そのため、外国人投資家がベトナムのヘルスケア市場に参入しようとする場合、当面は法的な壁に突き当たる可能性が大きい。

海外の投資家は、ベトナムでの企業結合が届出義務対象となる場合(医療および医薬品業界も含む)、National Competition Commission(国家競争委員会)への届け出が必須となることを忘れてはならない。

障壁の克服

立ちはだかる大きな壁のひとつとして、時流に合わない法律が挙げられる。ベトナムの民法は非常に汎用的かつ不変性が高く、社会的関係性の変化に法が追いついていない恐れもある。したがって、医療分野での資金調達には主要な法律改正が急務となる。

特に、遠隔医療を展開するためには規制が求められる。たとえば、遠隔医療の支払い時に国民健康保険を利用する仕組みや、病院や総合診療室間のデータ処理および共有方法、電子カルテや電子処方箋の作成方法などは、まだ具体的には定められていない。そうした部分を規制で徹底する必要がある。

また、公的資源や情報技術の活用法が非効率的な点も解消されなければならない。特に資源や情報技術が有効利用できれば、許認可手続きが改善される可能性がある。認可当局は大学や病院、研究機関の支援を得ることで、MA発行や更新のための試験プロセスを迅速化させることができる。

さらに、関係書類の提出や文書の分類、ステータスの更新、結果の発行には情報技術の利用が有効となるだろう。文書化には電子署名を適用する必要もある。たとえば分類機能を搭載したオンライン申請システムであれば、大部分の「無効な申請」を却下することができる。

このように、ヘルスケア分野のM&Aには課題となる要因が数多くある。時間と費用を抑えながら規制違反のリスクを回避するには、取引の早い段階で資本要件を満たすための解決策を助言し、合併申請の必要性を評価できる優秀なコンサルタントを得ることが極めて重要となってくる。